その日、1953年、昭和28年の8月28日は日本の放送の歴史の金字塔として刻まれている。日本テレビが民放で初めて放送を開始した日なのである。
NHKはこの年の2月1日にテレビ本放送を始めた。日本テレビはそれよりも先に放送を始めるための免許取得などの準備を進めていたのだが、アメリカから輸入する放送機材の到着が遅れて後塵を拝することになった。
最初の番組は「鳩の休日」、鳩小屋にいる3匹の鳩が羽をはばたかせるモノクロアニメーションとして製作された。テレビ番組というよりは「日本テレビ」の局名を告知する役割を担っていた。「鳩の休日」は時代が下るごとにバージョンアップを繰り返し、2001年まで放送された。
そして日本初のテレビコーマーシャルは精工舎だった。不慣れからフィルムは裏返しで音は出ないうえ画面はざらついていたという。
当時発売されたばかりの白黒テレビ一台の値段は29万円と、大卒初任給の50倍以上の価格で庶民には手が届かない。皆街頭テレビで楽しんだ。プロレスや野球中継など日本テレビの番組は街頭に人垣をつくった。
日本は高度成長の入口、三種の神器「白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫」が飛躍的に普及していった。
経済白書が「もはや戦後ではない」と書いたのは3年後昭和39年の夏のことだった。